繊細さとは無縁の無骨な手が、白い紙を器用に折り畳んでいく。まるで、白い紙に敬意を払っているかのような折り方だ。筆を握ってキャンバスに絵を描いたり、哀愁を誘う音色を奏でるヴァイオリンを演奏したりするには、あまりにも似合わない手が紙の上を滑り、瞬く間に一つの物を構築する工程は、いつ見ても神の御業だと思ってしまう。
「ほーら。できたぞ」
 紙から離れた手が、彼女の頭を優しく撫で回した。彼女は微笑み、手の持ち主を見上げる。セットをしてもすぐに乱れてしまう茶褐色の髪。剃る気のない無精髭が、精悍な顔を覆っている。彼女が世界で一番大好きな人の一人、父親のジェラルド・イージスだ。彼女の頭を優しく撫でている無骨な手は、操縦桿を握るために使われている。そう、父はクルタナ空軍に所属する飛行士――戦闘機のパイロットなのだ。
「テスト飛行してみるか。よっと!」
 弧を描いたジェラルドの手が、紙飛行機を発進させた。テイク・オフ。酔っ払いのサラリーマンのように、頼りない軌跡を描きながら紙飛行機は宙を飛び、ソファの上に不時着した。もっと飛びたい。下手くそな整備をするな。白い機体が抗議の声を上げている。ジェラルドが無精髭を撫でた。母が言うには、考え込む時の癖らしい。
「飛距離が足りないか。坊やの言うとおり、翼を折ったほうがいいみたいだな」
「坊やって? あたしより年下なの?」
 首を傾げた彼女は、父親を見上げて尋ねた。彼女の質問に、ジェラルドは大きな口をますます大きく開け、太陽のように快活に笑った。
「違う違う。坊やは、立派な大人だよ。俺がそう呼んでるだけさ」
「あら。まだ彼のことを、坊やって呼んでいるんですか?」
 料理を終えた母親のシエラが、キッチンから出て来た。うなじで束ねたプラチナブロンドの髪が雪のように輝く。陽光に照らされても溶けない素晴らしい色だ。彼女の髪の色は父と同じ色で、母と同じ色だったらよかったのにと常々思っている。
 シエラはトレイをテーブルの上に置き、三人分のカップとポットとパイの乗った皿をテーブルに並べた。甘い香りが彼女の食欲を刺激する。いつも、アフタヌーンティーの時間が待ち遠しくて堪らない。シエラお手製のチーズパイが大好きだからだ。
「彼は、その……貴族の方なんだから、そう言う呼び方は、不愉快なんじゃないかしら」
 パイを切り分けているシエラが不安げに言う。彼女には、貴族という言葉の意味がまだ理解できなかったけれど、何となく怖い存在だということは理解できた。彼女を抱き上げたジェラルドが、妻の側に移動して、シエラの頬に羽毛のように優しくて、軽い口づけを落とした。見事なフェイントだ。シエラの白皙の顔が赤く染まる。ジェラルドはマントルピースの上に飾られている写真に目を向け、シエラの肩を叩いた。
「大丈夫だって。坊やは、そんなちっぽけなことは気にしないよ」
「そうね。貴方のお友たちですもの。さあ、お茶にしましょう」
「イリア。来週の日曜日、庭で紙飛行機を飛ばそうな。約束だ。空の上まで飛ばすぞ〜」
「うん!」


 行かないで。溶けていく泡沫の夢を捕まえようと、イリアは小さな手を伸ばした。
 イリアの必死の抵抗も空しく、夢は彼女の指の間を器用にすり抜け、現実とは違う世界に還っていった。もう一度、あの夢が見たい。シーツにくるまったイリアは目を閉じた。実行してすぐに、それは無駄な行為だと思い知った。幸福の象徴だった夢は、永遠に戻ってこなかった。
 意地悪な夢に、悲しみを呼び起こされたイリアは、寝返りの攻撃で乱れたシーツの中で啜り泣いた。悪夢に泣かされた時は、いつもリゲルが慰めてくれるのだが、残念なことに彼はいない。イリアを置き去りにして、アレックスと街に遊びに行ってしまったのだ。
 涙は砂漠のように涸れ果て、一滴も流れなくなった。胸の奥には大量の涙が溜まっているというのに、泣きたい時に泣けない人間は不便すぎる。
 父親を思い出すと、決まって空を眺めたくなる。ユグドラシル基地で空に近い場所と言えば、屋上しか思いつかない。亀のようにベッドから這い出したイリアは、お気に入りの縫いぐるみを抱え、部屋を出て無人の廊下を歩いた。
 身を守る武器も、生き抜くためのサバイバルキットもないから、慎重に進まないといけない。足の短い縫いぐるみは歩きにくそうだ。世話の焼ける子だ。持ち上げて脇に抱えると、丸くてつぶらな瞳がごめんなさいと謝った。
 階段は険しい崖で、窓から差し込む陽光は二人を灰にしようと企むレーザービームだ。目的地は屋上に決めた。秘密と謎に包まれた黄金境(エル・ドラド)だ。
 屋上のドアは、魔法の合言葉なしで開いた。雲が多い、真っ青な空。フェンスがあるのが残念だ。フェンスがあるのは、自殺者を出さないための予防なのか、それとも空を閉じ込めようとしているのか。日差しが強い。イリアは手を翳し、即席の日傘を作った。
 不意に、白い紙が足下に落ちてきた。拾い上げてみると、白い紙の正体は紙飛行機だった。次から次へと紙飛行機が不時着してくる。自分以外誰もいないはずなのに。もしかしたら、天使がいるのかもしれない。給水タンクが設置されてある高台に続く梯子を上った。縫いぐるみを抱えているから重労働だ。足を踏み外したら、自分が天使になってしまうだろう。
 無事に頂上に到着。そこには先客がいた。イリアに背を向け、黙々と手を動かしている。紙飛行機の創造主は彼のようだ。暮れゆく空のように深いミッドナイトブルーの髪。白いシャツを着た背中も、ダークグリーンのカーゴパンツを穿いた脚も華奢だ。彼だ。空に愛されたエースパイロットだ。 
 手の動きが止まった。少年――アッシュ・ブルーが肩越しに振り向いた。暗い紫の目がイリアを映す。数秒目が合ったけれど、すぐにイリアは、彼の興味の対象から外れた。アッシュは紙飛行機を作る作業に戻った。イリアが側に行っても、アッシュは顔を上げなかった。
「何してるの?」
「紙飛行機を作ってるんだよ」ぶっきらぼうな答えが返ってきた。機嫌が悪いのだろうか。「退屈すぎて、ミイラになっちまいそうだからな。暇潰しさ」
「ソエルがいないから?」
 規則正しく、一ミリの誤差もなく折られていた紙が、変な角度に曲がる。動揺した証だ。
「ちっ……ちげーよ! 誰があんな女……」
 愚痴を零しながら、アッシュは白い手を動かし続けている。別に隠す必要なんてないと思う。アッシュがソエルを異性として意識していることは、基地にいる誰もが知っていて、知っているのを知らないのはアッシュだけなのだ。
 イリアはアッシュの隣に座った。お気に入りの縫いぐるみのお尻が汚れそうだ。少し躊躇ったけれど、まあいいか。この子も疲れているだろう。優しく地面に下ろした。イリアは、平面の紙が紙飛行機の形になるまでの過程を見つめた。アッシュの白い手は、迷子になることもなく、順調に動き続けている。製図が頭の中にインストールされているのだろう。あっという間に機体が完成した。
「ほら、飛ばしてみろ」アッシュが紙飛行機を手渡してきた。潰さないように受け取る。「コツは、手首のスナップを効かせるんだ。やってみな」
 アッシュの細い手首が上下にしなる。その動きを参考に、手首のスナップを意識しながら、イリアは紙飛行機を発進させた。紙の機体は見事なスプリットSを描いた。失速。機体はフェンスを飛び越えてしまった。今頃、誰かの頭の上に不時着しているだろう。
「すご〜い! どうやったら、あんなに飛ぶの!?」
「こうするんだ。こう……翼のここんところを折ってやるんだ。マジでよく飛ぶぜ」
 アッシュが翼を折って見せてくれた。翼は独特の形に折られている。
 どこかで見た形。
 どこかで見た折り方。
 記憶が激しく揺さぶられた。
 そうだ。この折り方は――。
「オイ。どうした?」
「ねえ」
「あ?」
「この折り方……誰から教わったの?」
「何だよ、いきなり。エリオット隊長が教えてくれた。意外だよな。あの堅物の隊長が、紙飛行機の作り方を教えてくれるなんてよ」
「……うん」
「震えてるぞ。大丈夫か?」
「隊長さんに会いたい。どこにいるか、知ってる?」
「さあな。オフィスじゃねぇの? 行ってみな」
 ありがとうとお礼を言うと、気をつけろよと返事が返ってきた。意外に優しいんだなと驚いた。アッシュは皮肉屋で、毒舌だと聞いていたから。
 あの翼の折り方は、見たことがある。
 一度だけ父が見せてくれた、「坊や」に教わった翼の折り方だった。
 アッシュはノワリーから教わったと言っていた。
 どうして――彼がこの折り方を知っているのだろうか。
 捜し出して、真実を聞きたい。


 イリアがノワリーと出会ったのは、今から遡ること五年前だった。
 ジェラルドは空で散り、夫に続くようにシエラは心労でこの世を旅立ち、独り残されたイリアは天涯孤独の身になった。
 育てる余裕がない。自分の子供だけで手一杯だ。そんな理由を押しつけられ、親戚中をたらい回しにされたイリアは、名もない小さな教会に引き取られたのだった。さほど裕福ではないが、ささやかな幸せを感じ取れる毎日。そんなある日、「彼」が訪ねて来た。イリアという孤児を引き取るために。
 イリアを引き取りたいと申し出た男性――ノワリー・エリオットは、少年の面影を残していた青年で、彼女が想像していたよりも遥かに若かった。元パイロットの大尉で、かつては英雄と謳われた彼が、どうして、ピラミッドの底辺で生きている孤児のイリアを引き取りたいと言ったのだろうか。
 あの頃のイリアは子供だった。
 でも、時間が経った。
 少し大きくなった。
 だから、真実を知る権利を得たはずだ。
 アッシュと別れたイリアは、搭乗員宿舎の隣に佇んでいる飛行隊隊舎に辿り着いた。触れると冷たいガラス製のドアを開け、ロビィに入る。根気よく磨き抜かれた床は鏡のようで、ソファは人の重みに押し潰されていない。寂れた町のように誰もいなかった。
 ロビィの奥にある、エレベーターのランプが点灯した。誰かが降りて来る合図だ。金属のドアが左右に開く。姿を見せたのは彼だった。疲れ切った顔だ。空から引き離され、地上の窮屈さに辟易しているのかもしれない。
「……イリア? どうしたんだ?」
 イリアの側まで歩いて来たノワリーが微笑んだ。退廃的な煙草の匂い。ノワリーの右手には、煙草の亡骸が握られていた。彼は煙草は吸わないと聞いていた。煙草の匂いは嫌いじゃない。記憶の中に残るジェラルドも、よく煙草を吸っていたからだ。訪ね人をいとも容易く見つけることができるなんて。永遠に見つけられない人もいると言うのに。神様は気紛れだ。もしかしたら、世界を創ったのも、たまたま思いついただけなのかもしれない。
「えっと……その……エリオットさんに、訊きたいことがあって会いに来たの」
「私に?」ノワリーは、少しだけ困った顔をしていた。仕事の途中だろうか。
「ごめんなさい。お仕事が大変なら、また今度にします」
「――いや、構わない。丁度、休憩しようと思っていたところだ。すまないが、先にオフィスに行ってくれないか? 簡単な用事を済ましたら、すぐに行くよ。オフィスの場所は分かるか?」
 頷いたイリアは三階へ。ノワリーは飛行隊隊舎の外に出て行った。朧げな記憶を頼りにオフィスに辿り着いた。ドアを開けて室内へ。漆黒の革張りのソファに腰掛け、イリアはノワリーを待った。初デートで緊張している女の子のような気分だ。数十分後、革靴の音が廊下に響いた。
「待たせてすまない」
 オフィスに入って来たノワリーが、特に悪いこともしていないのに謝った。彼は、小さな箱を手に提げていた。宝石箱でも、オルゴールでもなさそうだ。イリアの正面に座ったノワリーが、白い箱の蓋を開けた。イリアの目の前に、オレンジ色の宇宙が広がった。
 気泡の星に、氷で作られた惑星と、ストローのスペースシャトル。ノワリーが持ってきてくれた宇宙だ。ガラスのコップの隣には、ショートケーキの宇宙ステーションがある。スポンジの外壁に、クリームのペイント。スライスされた苺の窓というデザインだ。
「遠慮せずに、食べるといい」
 向かいに座るノワリーが、優しく言った。イリアは頷き、頂きますと手を合わせ、ケーキをフォークで崩した。ケーキの宇宙ステーションは、銀色の侵略者に破壊されてしまった。クリームの甘い味が、口の中に広がる。甘いクリームは、雪のようにすぐに溶けた。
「訊きたいことがあると言っていたが……何かあったのか? 誰かに、苛められたのか?」
「違うの。紙飛行機を見て……パパを思い出したの」
「紙飛行機?」
「アッシュが翼の折り方を見せてくれたの。あの折り方は、パパしか知らない折り方だった。アッシュはエリオットさんから聞いたって言ってた。ねえ、教えて。何で、エリオットさんが、あの折り方を知っているの?」
 イリアの質問にノワリーは答えなかった。恐れていた時がきてしまった。そんなふうに、彼は切れ長の目を伏せた。逡巡。葛藤。ノワリーが目を上げる。琥珀色の奥に、決意と後悔が見えた。そして、彼は口を開いた。
「いつかは話さなければいけないと思っていたが、今がその時だろう。私は……君のお父さん――イージスさんと、同じチームに所属していた。そして……友人だった。大切な、友人だった」
「パパと……友達だったの?」
 イリアは驚いた。まさか目の前にいる青年が、今は亡き父の友人だったとは。忘れかけていた灰色の記憶が色を取り戻した。家のリビングのマントルピースの上に置いてあった、写真立てに閉じ込められた写真。豪快に笑うジェラルドに、肩を組まれた少年が写っていた。
 迷惑そうな、それでいて嬉しそうな笑顔を浮かべていた写真の少年。少年とノワリーが重なり、混じり合った。あの少年は――ノワリーだったのか。
「イージスさんが言っていた。娘は紙飛行機が大好きだと。だから、よく飛ぶように、翼の折り方を教えたんだ。お前も子供ができたら折ってやれとしつこく言われたものだよ。……すまない」
「どうして……エリオットさんが謝るの?」
 唐突に謝られ、イリアは困った。イリアよりも大人で、一回りも年上で、歴史に名前を刻む英雄で、大尉のノワリーを謝らせる真似をした覚えはないのに。
「君から家族を奪ったのは私だ。私の不甲斐なさで、イージスさんは命を落とした。私が殺したのも同然なんだ。君を教会から引き取ったのも、侵してしまった罪を償うためだ。偽善者でも、道楽だろうと思われても構わない。私を恨んでくれてもいい。憎んでくれてもいい。私を憎むことで、君が生きる力を得られるというのなら、それで――」
「違うもん!」
 立ち上がった拍子に、イリアの膝がテーブルの角にぶつかる。グラスが傾き、滑らかなテーブルの上にオレンジの海が広がった。端に流れたジュースが大地に零れ、新たな海を生み出した。
「わたしもパパも、エリオットさんを恨んでないもん! 憎んでないもん! 星に還る前に、パパは言ってた! 大好きだって! 親友だって! ありがとうって言ってたもん!」
 星に還る前に、イリアに会いに来てくれたジェラルドの姿が蘇る。
 幽霊みたいに透けていたけれど、
 あの瞬間、確かに父は生きていた。
 イリアのために、生きていてくれたのだ。
 イリアの涙腺のダムが、再び決壊した。また涙が溢れた。こんな小さな身体の中に、大量の水が溜まっているなんて不思議だ。泣いても泣いても涙が補充される。立ち上がったノワリーが、こちら側に回って来た。長身の身体を折ると、彼はイリアと同じ目線の高さに屈みこんだ。
「彼は……星に還る前に、会いに来たのか?」
「……うん」
「――そうか。よかった。彼は、最後まで君を愛していた。星に還っても、ずっと君を愛しているよ」
 涙と鼻水が言葉を塞いでいて、イリアはありがとうと言えなかった。父の分も言いたかったのに。ありがとうの代わりにイリアは頷いた。ノワリーが笑う。合わせ鏡のように、イリアは彼の中に息づく父を見た。父のように抱き締めてほしいと思った。父を知っているのは彼しかいないから。迷惑かもしれない。駄目もとで訊いてみよう。
「……あの」
「どうした?」
「その……ハグしてほしいの。……だめ?」
 ノワリーは一瞬固まった。ほら、やっぱり迷惑だったんだ。ほんの少しの間、彼は思案していた。頭の中で、いろいろな考えが回っているのだ。世界の自転速度よりも速く。
「構わない。さあ、おいで」
 微笑んだノワリーが、両手を広げた。
 深呼吸をして、イリアはノワリーの腕の中に入った。
 引き締まった胸の奥で、心臓が動いている。
 頬に触れる布地は滑らかで、視界の端で勲章が煌めく。
 光に触れてみたい。
 イリアは手を伸ばし、勲章を指でなぞった。
 長い腕が包みこんでくれて。
 それは、まるで、空に浮かぶ雲のように優しかった。
「エリオットさん。もう一つ、お願いがあるの」
「私にできることなら、協力するよ」
「あのね――」
 誰にも聞かれたくないの。
 ノワリーに耳打ちして、願いごとを教える。
 流れ星に二つ目のお願い。
 ノワリーは叶えてくれるかな。
 大丈夫。
 ハグよりも簡単なことだから。


「こんにちは」
「何だよ。またお前かよ。よっぽど暇なんだな」
 不機嫌そうに眉を顰めたアッシュが優しい毒を撒き散らす。今日もソエルはいないから、きっと屋上の高台にいると確信していた。イリアの推理は見事に的中した。空に愛されたエースパイロットは、昨日と同じように、紙飛行機を作っていた。アッシュの周囲には、離陸して戻って来た紙飛行機たちが散らばっていた。
「こいつら、全然飛ばねぇんだよ。ポンコツだな」
「ねぇ! ポンコツだって!」
 下を覗き込み、イリアは下界に呼びかけた。数秒後、一人の青年が梯子を上って来た。マジかよ。呟いたアッシュが、露骨に嫌な顔をする。青年が高台に到着した。緑色の髪が風と戯れる。
 アッシュと同じく、空に愛されたもう一人のエースパイロット。そう、ノワリーだ。明日、屋上で紙飛行機の作り方を教えてほしい。イリアがお願いした願い事を、優しい流れ星は叶えてくれたのだ。
「飛行機のせいにするな。お前の折り方が悪いんだ」
 アッシュの舌打ちが、彼の代わりに抗議する。明後日の方向を向いたアッシュは距離を置き、再び紙飛行機を作り始めた。どうやらノワリーを無視することにしたらしい。どれだけ捻くれているんだろう。扱いにくい部下を抱えたノワリーが溜息をついた。
「アッシュなんかほっといて、早く作り方を教えて」
「そうだな。では、始めよう」
 立ったままでは紙飛行機は作れないので、イリアは地面に腰を下ろした。長い脚を器用に折り畳み、片膝を立てたノワリーが、イリアの向かい側に座った。袋から顔を出した白い紙が地面に並べられる。吟味したノワリーが、その中の一枚を手に取った。
 ノワリーの指が、白い紙を丁寧に折っていく。父とは違う、繊細でしなやかな手だ。見た目は違っても、父と同じく戦闘機の操縦桿を握っていた手だ。記憶に眠る父と同じ手の動きだった。絶海の孤島にいたアッシュが、いつの間にかイリアの隣に胡坐をかいて座っていた。興味を隠しきれない紫の目が、ノワリーの手の動きを追いかけている。数分後、完璧な形の紙飛行機が完成した。 
「さあ、飛ばしてみるといい」
 ノワリーから紙飛行機を受け取り、イリアは大空に向けて手を掲げた。
 この瞬間を待っていたかのように、爽やかな風が吹き抜ける。
「いっけぇ――!」
 全身全霊を込め、イリアは紙飛行機を飛ばした。
 風と仲良く手を繋いだ白い紙が、
 大空を、宇宙を目指して舞い上がる。
 父のいる天国まで飛んでくれる。
 そして、伝えてくれる。
 私も、パパが大好きだと――。